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何かありましたらどうぞ
1 名前:スナドリネコ:2006/09/27 17:33 ID:B/xPwuQ2D2
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湯沢の話題などありましたら、書き込んでください。
304 名前:杉元:2007/09/10 19:48 ID:2uMzOuS6ok
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■見聞百物語B 須田家その2
そうですか。遠い先祖が何を思い、どのように行動したのか興味が
尽きないですね。
信正は、肝煎として村衆のため新田開発を目指したと思いますが、
南家は隠し田開発の意図ありと受け止めたのでしょう。又は口実に
されたのでしょう。
しかし、不運はこれに止まりませんでした。
娘婿のいる下堀村(十文字睦合地区)に身を寄せた信正と、その子
信利一家が流行り病に罹り、家族8人のうち5人が亡くなり、信利と
娘2人だけが生き残りました。
その後、信利は貝沢村の海蔵寺住職の好意で寺の傍らに小さい家を
建てたそうです。
そして、娘に婿を取りました。
この人が、由利郡上塩越村(現にかほ市)須田惣左衛門の4男で、
当時大久保村の医師・佐藤玄春の下で修行していた信栄(のぶまさ)
です。義父が「とがびと」であったことと、貝沢村の地頭が南家の
家中で佐藤姓であったため、須田姓を名乗りました。佐藤家34世
にして、須田家初代になります。
長男信景(信淵のじさま)は佐藤家を、二男利秀は須田家を継ぎ
ます。(長男は西馬音内に移り「佐藤姓」を名乗ります)
(名前は、諸説というか「●●」とも呼ばれたなどとありますので、
羽後町郷土史の記述を採用しています)
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